熊本で見てきた2つの建築は知り尽くした建築思想家が市民に伝えた建築の奥義であろう。ひとつは篠原一男の熊本北警察署。楠の美しい並木や白川公園に面しているからか思っていたよりも逆ピラミッド型のファサードが小さく感じられた。と同時に楠がミラーガラスにそっくり木型に映りこんで見えたので奇抜に感じていたデザインにおもわず納得してしまった。おまけに駐車場により十分な引きがとられているため被写体と虚像というのか表と裏というのか、何かいろいろなことが瞬時に浮かんでしまった。もうひとつの建築は木島安史の日本キリスト教団熊本草場町教会。趣きのある通りにそっぽ向くように(本当はエルサレム)傾いた金色の十字架を潜り抜け、牧師に案内されながら部屋の角から室内入ると対角の祭壇がこちらを向いていた。ハイサイドの光や打ち放しのコンクリートにより弔いの場というよりも生身を感じさせた。限られた要素をわかりやすく、かつ最大限に利用した好例たちである。
わかりやすさ
TSUKASA WATANABE
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